そろそろ何とかしませんか?─臨時記号編

 以前の記事「調号にまつわるエトセトラ」の冒頭の繰り返しになるが、Finaleは高機能の楽譜作成ソフトでありながら、「未だにこんなこともできないの?」という部分がまだまだたくさんある。そんな中から今回は臨時記号にメスを入れてみることにする。
 少々言い訳がましくなるのだが、じつはこの記事は「調号にまつわるエトセトラ」の続編として書き進めていたものである。ただ、例年ならそろそろFinaleの次のバージョンがリリースされる時期でもあり、書こうとしていた問題点が新バージョンで解決していた場合、記事としての価値はなくなってしまう。そこで新バージョンのリリースを待っていたわけだが、今年に限ってその新バージョンはなかなかリリースされず、結果としてその間はブログの更新ができなかったことをお詫びしたい。
 結局のところ、先日リリースされたFinale 2012では、幸か不幸か記譜部分についてはこれと言っためぼしい機能の更新はなく、これで晴れて気兼ねなく問題点が指摘できることになった(それはそれで不幸なことではあるが)。


無駄なスペースの多いFinaleの臨時記号配置
 臨時記号はそれ自体がスペーシングに大きな影響を及ぼす存在である。過去の浄書家は臨時記号をいかに少ないスペースに無駄なく効率的に配置するかに腐心し、そのセオリーを確立してきた。その点、Finaleの臨時記号の配置処理はまだまだ不完全である。

 和音に複数の臨時記号が付く場合 、臨時記号同士が重ならないように配置しなければならないわけだが、Finaleには何度の音程まで臨時記号をずらして衝突を回避するかという設定がある。「ファイル別オプション - 臨時記号」にある「垂直方向の衝突を回避する音程」という項目がそれだ。デフォルトでは「6」に設定されているのだが、臨時記号のデザインはその種類によってそれぞれ異なるので、その組み合わせによっては6度以下でも衝突は発生しない。たとえばダブルシャープ同士の場合、Finaleのデフォルトの「6」では衝突の発生しないものまで避けてしまい、無駄なスペースを発生させている(2つ下の譜例参照)。ダブルシャープ同士の場合に限ってみれば、ここの設定は「3」でよいことになる。
 ところで、この項目にある「(半音単位)」というのは「(度数)」の誤りではないのか?


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 さらには、Finaleには「和音に付く臨時記号同士の間隔」という項目があるが(下図のa.の距離)、そもそもこの考え方自体がナンセンスである。一般的な臨時記号の配置セオリーでは、なるべく少ないスペースに収めるべく臨時記号同士を積極的に組み合わせて配置の順番を工夫しているのに対し、Finaleのように横方向に一定間隔に並べていたのでは、どんな順番に並べたとしても臨時記号全体が占めるスペースに変化はなく、配置の順番など全く意味がなくなってしまっている。


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臨時記号の横方向の配置の考え方
左:Finale 右:一般的な配置セオリー


 和音に付く臨時記号同士の間隔については、Finaleのように一律な数値で固定されるものではなく、 臨時記号の組み合わせによって変化すべきものなのである。次の譜例の下段は無駄なスペースを埋めるべく、手動で臨時記号を調整したものである。


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 もうひとつは、下向き符尾のクラスターを含む和音に付く臨時記号の問題点である。クラスターとは一般的な音楽用語では密集配置の音を意味するが、浄書用語に限っては2度音程の和音のことを指す。下向き符尾の場合、クラスターの下側の符頭は符尾の左側に飛び出して付く。臨時記号は飛び出した符頭を避ける必要があるが、Finaleでは臨時記号は飛び出した符頭の左端を基準に配置されるので、結果として飛び出した符頭に影響されない位置の臨時記号まで不必要に避けてしまい、ここでもスペースを浪費している。このような臨時記号は符頭の飛び出しとは関係なく本来の位置に配置されるべきである。


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 和音に付く複数の臨時記号の配置については、和音の状況によってフレキシブルな対応が求められるのだが、現在のFinaleはどのようなケースにおいても一律なセオリーでしか対応できない。


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 これまでの説明を聞いている限りでは、別に臨時記号が衝突をしているわけでもなし、この程度のスペースなんて気にすることではないのではと思われる方もいるかも知れない。しかし、次の譜例をご覧いただければ、なぜここまでスペースの調整にこだわるのかが理解いただけるのではないだろうか。


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 ところで、上記の臨時記号に関するオプションには、「臨時記号と符頭の間隔」と「和音に付く臨時記号同士の間隔」の値を「0」にして保存し、そのファイルを再度開くと、どちらも勝手に「8EVPU」になってしまうという不可思議なバグがある。


問題点山積の複声部の臨時記号処理
 これまで述べてきたことは、どちらかというと浄書家の視点からの問題点であり、実用面からすれば、少々見てくれは悪いとしても楽譜として破綻しているわけではない。しかし、Finaleには実用面において支障を来すような問題も抱えている。

 臨時記号に関するオプションの中に「異なるレイヤーの臨時記号を自動的に避ける」という項目がある(上記のダイアログ参照)。どういう機能なのかは次のような楽譜を作成し、このオプションをオフにしてみれば一目瞭然である。ちなみに、高速ステップ入力枠内では編集中のレイヤーしかアクティブにならないので、このオプションをオンにしていても、臨時記号はオプションをオフにした状態の配置で表示される。


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「異なるレイヤーの臨時記号を自動的に避ける」オプションの効果
左:オン 右:オフ


 意外に思われるかも知れないが、じつはこのオプションはFinale 2004になってやっと実装されたものである。それまでは複声部の臨時記号はつねに右側の状態になり、衝突した臨時記号は「道具箱ツール」の中の「臨時記号調整ツール」でひとつひとつ修正していくしかなかった。
 では、なぜ「臨時記号の衝突を自動的に避ける」などという当たり前のようなオプションがわざわざ存在するのかという疑問が生じるが、それにはやむを得ない事情がある。衝突した臨時記号を手動で修正した2003以前のファイルを2004以降で開いた際、臨時記号の自動衝突回避が無条件で機能すると、回避されたポジションにさらに修正によって移動させた分の距離が加算され、かえって不自然な配置になってしまうのである。つまり、このオプションは旧来のファイルで行われた手動による修正状態を保持するためだけに設けられたものなのだ。
 ところでこのオプション、オン/オフをする際に手動による調整が解除される旨のアラートが表示される。これで旧ファイルの手動調整を一気にリセットできるので、万事解決するじゃないかと思いきや、そうは問屋が卸さない。Finaleの臨時記号の配置処理にはまだまだ解決すべき問題が残されており、せっかく修正したものがリセットによってかえって不適切な状態になってしまうこともあるからだ。リセットによって完璧な配置になるのであれば、そもそもこんなオプションなんか要らないわけだが、これを残さざるをえないところにFinaleの苦しい胸の内が伺える。
 じつは、Finaleには未だにこういった過去の不完全な設計とのつじつま合わせをするためだけのオプションがいくつか存在し続けている。このあたりはあらためて記事としてまとめてもよいと思っているのだが、Finaleは過去の遺物とも言えるこういったオプションを一体いつまで継承し続けていくつもりなのだろうか? 百歩譲って、過去のファイルとの互換性のために必要であるとしても、せいぜい「プログラム・オプション - 開く」の旧バージョンのファイルを開く際のオプションとしてひっそりと存在させるべきで、不用意に触ってしまう可能性のあるユーザーの目に付く場所に置かれる類のものではないと思う。

 前置きが長くなってしまったが、次の例を見ていただきたい。
 符頭を共有する複声部に付く臨時記号は共有されるものだが、Finaleではなぜかご丁寧にそれぞれの声部に付く臨時記号同士を避けてしまい、結果として二重に表示されてしまうのである。シャープやナチュラルについてはありえない表記なので、その異常さにすぐに気が付くが(※注)たまたまフラットが単独で現れた場合、ダブルフラットに誤読されてしまう危険性がある。これを回避するには、どちらかの声部の臨時記号を手動で非表示にするしかない。

※注:古い時代には、ダブルシャープをシャープを二つ続けて書く書法も一部で存在した。


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 皮肉なことに、上記の「異なるレイヤーの臨時記号を自動的に避ける」のチェックを外すと、臨時記号はぴったりと重なって表示され、見た目としては正しい表記になる(プリンタによっては若干太く印刷されることがある)。しかし、楽譜中の複声部に付く臨時記号がこのケースしかないといったレアな状況でもない限り、この表記のためだけにこのオプションを利用するというのもそもそも無理がある。

 Finaleには、下声部にクラスターが含まれている和音に付く臨時記号が正しい位置に表示されないという問題もある。
 次の譜例では上段がFinaleのデフォルトの状態であるが、臨時記号の配置が不自然である。この下声部の左側に飛び出した符頭が上声部の符頭の左端に揃うように下声部全体を右にずらすと、下段のように臨時記号の配置は正しくなる(緩い配置であることについては不問とする)が、もちろん音符の配置としては誤りである。


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 つまり、下声部の臨時記号について、Finaleは左側に飛び出した符頭の幅を計算に入れることをすっかり忘れているのである。
 上段の状態を放置するわけにはいかないので、当然臨時記号は手動で修正する必要がある。さて、将来この問題が解決されたとき、それまで手動で修正した臨時記号はどう扱うのか? ここでこの項の冒頭で述べた問題が再燃する。Finaleはまた新たに「異なるレイヤーの2度和音に付く臨時記号を解決する」などというオプションを付けるのだろうか?

 さらには、「異なるレイヤーの臨時記号を自動的に避ける」というオプションは、じつは「看板に偽りあり」である。
 次の譜例では、臨時記号の存在は全く無視されている。


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 もっともこの例に限って言えば、実際は臨時記号だけの問題ではなく、旗や付点についても同様であり、つまるところ、Finaleは異なるレイヤーの間でのエレメントの衝突については全く考慮がなされていないということになる。


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 現時点ではこの衝突を自動的に避ける手段はなく、手動でスペースを確保して調整するしかない。確保の方法はいろいろ考えられるが、それだけで一つの記事が書けそうなので、そのあたりについてはいずれかの機会に預けたい。


 今回の問題点は、バグというより単なる設計ミスの範疇に入ると思われるが、世界標準を標榜する楽譜作成ソフトとしてはかなりお粗末な状態だと言えはしまいか。このFinaleの不完全な設計のせいで、多くのユーザーが不毛な修正作業を強いられるか、もしくは修正されないままの不適切な楽譜が世に出回り続けるかのどちらかである。開発元にはこれらの根本的な解決に本腰を入れてもらいたいものだ。

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このブログ記事について

このページは、Hossyが2011年11月23日 15:00に書いたブログ記事です。

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