2012年11月アーカイブ

 既にご存じの方も多いと思うが、MakeMusicはFinaleの今年中の新バージョンのリリースをあきらめ、そのかわりに若干の新機能を追加し、バグフィックスを行ったアップデート版を無償リリースすると発表した(前記事参照)。そのアップデータ2012bがリリースされたのが6月26日。それから既に5ヶ月が経とうとしている。その間には、Mac版Finale 2012日本語版に英語版のアップデートが促されるなどの混乱も発生し(前記事参照)、日本語版を扱っているMI7からは急遽、年内をメドにアップデータを配布する旨のアナウンスが行われたのだが、現時点で新たな動きはない。
 当初、日本語アップデート版もそう間を置かずにリリースされると踏み、そのレビューについてはそれを待って書こうと考えていた。しかし、いっこうにリリースされる気配がない状況にしびれを切らしたので、とりあえずアップデート版については英語版を使って紹介することにする。
 なお、この間に本国では2012cのアップデータも配布されたのだが、2012cでは若干のバグフィックスが行われただけで、機能面では実質"2012c=2012b"とみて差し支えないだろう。


若干のメニューの変更
 ファイルメニューにあった各種読み込みや書き出し項目が「Inport」と「Export」サブメニューに整理されている。


FileMenu.jpg


 これまで「プログラム・オプション」と呼ばれていたオプション群が「Preferences」という名称に変更された。おそらく、日本語版ではそのまま「環境設定」となるだろう。
 これに伴い、Mac版では「Finale 2012」メニューにある「環境設定」のサブメニューに置かれていた「プログラム・オプション」がいきなりメインメニューの「Preferences」として開くようになる。そして、「環境設定」のサブメニューにあった「計測単位」と「異名同音の表記」が独立したメニュー項目に昇格している。


Finale2012Menu.jpg


 メニュー体系の異なるWindows版では、もとよりこれらの項目は「編集」メニューの中にそれぞれ独立して置かれており、ある意味Mac版がWindows版の書式に擦り寄ったとも言える。


音域外の警告表示
 あるパートを他のパートにコピーしたり、移調譜を作らなければならなくなった時、うっかり一部の音が音域外になっていたという経験をお持ちではないだろうか。そういうミスを防いでくれるのがこの機能だ。表示メニューに新たに設けられたプレイヤーのレベルを選択するサブメニューの「Beginner(初級者)」「Intermediate(中級者)」「Advanced(上級者)」を選択すると、それぞれのレベルに基づいて決められた音域を外れた音符がオレンジ色で表示される。
 なお、このプレイヤーのレベル設定はファイル全体に共通なので、「トランペットは初級者だが、フルートは上級者」といったパートごとの設定はできない。


OutOfRangeNote.jpg

プレーヤーレベルを「Intermediate(中級者)」に設定した場合


 「音域外の音を指摘するなんぞ、このベテランの私を愚弄するつもりか!」とご立腹の方は、そのサブメニューから「Off」を選んでおけば心安らかに編集に専念できるだろう。

 さて、こういう機能が標準装備されたなら、現在プラグインで処理している"音価チェック"も自動処理されても良さそうなものである。たとえば、音価がオーバーもしくは不足している小節をつねにハイライト表示してくれるだけでもありがたいのだが......。


楽器の音域を考慮したコピー
 これまでは、たとえばバイオリンのフレーズに演奏音域の異なるグロッケンを重ねようとした場合、バイオリンパートをグロッケンに一旦コピーしたのち、適切な音域にオクターブトランスポーズさせる作業が必要だった。2012bからは、それぞれの楽器の音域を考慮し、適切な音域に収まるように自動的にトランスポーズされてコピーされるようになった。


AutoTranspose1.jpg

2012b以前は、バイオリンパートをグロッケンパートにコピーしただけではこんな状態に......


AutoTranspose2.jpg

2012bからは一発で適切な音域にコピーされる


 もちろん、「そんな余計なことはしなくてもいい!」という方は、環境設定にてこの機能をオフにすることもできる。


タイトル等の直接入力
 Finaleでは、楽譜上にスタンプ機能(日付や特定の文字列を参照して表示する機能)を使って表示されるタイトルや作編曲者名などは「スコア・マネージャー」の「ファイル情報」で管理されており、これまではこれらの内容を変更するにはいちいち「ファイル情報」のダイアログを呼び出す必要があったのだが、2012bからは楽譜上で直接編集できるようになっている。ここで編集された内容は「ファイル情報」の内容にも自動的に反映される。


Placeholder.jpg

タイトルを楽譜上で直接編集できる


 さて、これができるようになると、ますます不便を感じるのは文字発想記号ではないだろうか。文字発想記号はいまだに楽譜上で直接編集が行えず、いちいち文字発想記号の編集ダイアログを呼び出さなければならない。そろそろこのあたりにもメスを入れてもらいたいものだ。


スペーシングを考慮した歌詞用フォントのバンドル
 「歌詞のスペーシングをより適切にするため」と謳われている、Finale Lyricsという歌詞用テキストフォントが追加されている。このフォントはTimes New Romanフォントをやや長体にし、文字間隔もより狭くなるような設定が施されているもので、Times New Romanを使った場合に比べ、スペーシングは全体的により引き締まったものになる。


FinaleLylicsFont.jpg

比較として市販フォントのTimes New Roman Condensedも載せてみた


 本家のフォーラムには早速「他のフォントには対応しないのか?」といったユーザーからの声が投稿されているが、至極もっともな意見である。これは、例えばルビを振る機能のないワードプロセッサのために「最初から漢字にルビが振られたMS明朝を新たにデザインしました」と言っているようなもので、「じゃあ普段ヒラギノ明朝を使っている人はどうやってルビを表現するの?」ということになる。そもそもこういうことは新たなフォントを作ることで対応するのではなく、既成のあらゆるフォントに対して文字比率や文字詰めを設定できるような、組版的な処理機能を用意することで対応すべきことである。これは2012にバンドルされた和音記号フォントについても同様のことが言え、開発思想そのものが場当たり的な感は否めない。文字比率の変更は無理だとしても、もともとFinaleには文字間調節機能が標準で用意されているのに、なぜ歌詞にだけその機能が使えない仕様になっているのか、ずっと以前から疑問を感じている。
 一方、今後ますます一般的になるであろう電子端末での汎用的な表示のことを考えると(下記の「電子端末への対応」の項も参照)、文字処理はなるべく単純化されていたほうが良く、ソフト的に処理するよりフォントのみで対応できる仕組みにしておいた方が都合がよい。今回のフォントのバンドルは、そういった部分をも見据えた上での判断だったのかもしれない。


フォント付加情報の自動設定
 フォント付加情報とはフォントの各キャラクタがどのエリアに収まっているのかを記した情報であり、スタッカートとスラーの接触の回避などの判断に使われている。通常、Finaleに標準付属の記譜用フォントを使っている限り、ユーザーがフォント付加情報のことを意識する必要は全くないが、サードパーティー製の記譜用フォントを使ったり、オリジナルの記譜用フォントを作成して使用する際には、楽譜を適切に配置させるためにそのフォントの付加情報が必要になる。
 これまでも、「プログラム・オプション - 編集」の項目にある「フォント付加情報...」ボタンを押すと現れるエディタで、キャラクタごとに手動で付加情報を設定することはできたのだが、通常、1つの音楽記号フォントには200近いキャラクタが含まれており、全てのキャラクタについて付加情報を設定するのは大変な労力を要する。2012bからは、この作業を自動化する機能が加わった。さらに、フォント付加情報の定義されていない記譜用フォントを使ったファイルを開くと、フォント付加情報を自動的に作成することも可能になった。


FontAnnotation.jpg

赤で囲んであるのが新たに加わった機能


新しいAria Player
 Aria Playerが新しくなった。カラーリングが大胆に変更されているほか、リバーブ等のエフェクトコントロールが増えている。なお、今回新たな音色の追加はない。


AriaPlayer.jpg

(クリックで原寸表示)


電子端末への対応
 楽譜の出力フォーマットにSVGとEPUBが加わった。
 SVG(スケーラブル・ベクター・グラフィックス)はPDFと構造は似ているが、XMLで記述されているため、こちらのファイルのように通常のブラウザで楽譜を表示させることができる(ブラウザによっては記譜フォントが文字化けして表示される可能性がある)。
 EPUBとは電子書籍用ファイル・フォーマット規格で、このフォーマットで楽譜を書き出すと、タブレット端末等の電子書籍閲覧アプリで楽譜を表示することができるようになる。


EPUB.jpg

iPhoneの電子書籍閲覧アプリiBooksで楽譜を表示したもの


 ただ、今のところどちらのフォーマットも楽譜を「固定された絵」として表示しているに過ぎず、その点ではPDFで書き出された楽譜と大差はない。特に電子書籍用フォーマットであるEPUBでは、通常の文章のように表示デバイスの大きさや縦横の比率に応じて楽譜のレイアウトも自在に変化することが期待されるが、それには楽譜表記のための独自の表現(例えば改行にかかるタイや改行時の調号の予告等)が必要となり、おそらくEPUBだけでの対応は今後も困難だと思われる。
 とはいえ、紙に印刷された楽譜が完全になくなることはないにしても、遅かれ早かれ電子端末での表示に取って代わる日が来ることは間違いないだろう。従来の「楽譜のレイアウトは固定されたもの」という概念は捨て去る必要に迫られ、「フレキシブルなレイアウト」に対応した新たな記譜法もそのうち考案されるかもしれない。


 その他、クラッシュした際、直前までの作業を記憶し復元してくれる機能が付いたらしいのだが、私がまだ英語版2012cで本格的な作業を行っていないため、幸か不幸かまだクラッシュに遭遇できず、この機能については検証ができていない。この機能が額面通りであれば、クラッシュ時の作業の損失(精神的な損失も)は大幅に軽減されるはずなので、大いに期待したい。もっとも、それ以前にクラッシュの起こらないソフトにしてもらいたいものだが。

 今回のアップデートでは、これまで抱えてきた数々のバグも解決されているという。ただ、こと日本語版2012については、主に日本語処理にかかわる日本語版固有のバグも多数確認されているので、このあたりは日本語版のリリースを待って改めてレビューしたい。

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