2013年6月アーカイブ

 日本の出版楽譜のスタイルは欧米のものとは細かな部分で異なっている。Finaleはアメリカ産のソフトであり、英語版のFinaleに付属しているデフォルトファイルは当然のことながら欧米仕様になっている。国内の出版表記に見慣れた人にとっては、欧米仕様のデフォルトファイルから作られた楽譜に違和感を感じることもあるということで、日本語版のデフォルトファイルには、国内の出版楽譜に準拠した独自のファイル設定が施されている。これは真の意味でのローカライズであり、国内ユーザーに対する真摯なサービスと言えるものだが、時としてこれが仇となってしまうことがある。


 先日、併設している「Finale よろず相談室」に「強弱記号の"fp"(フォルテピアノ)が最近プレイバックで機能しなくなっている」という質問があった。私は普段は独自にカスタマイズしたデフォルトファイルを使っており、特に事情がない限り日本語版付属のデフォルトファイルを使うことはない。自分の楽譜の"fp"はちゃんとプレイバックに反映されているので怪訝に思い、改めて日本語版デフォルトファイルで試してみたところ、確かに"fp"が機能しない。これは一体どうしたことか?

 ここでちょっとFinaleのプレイバック機能について簡単なおさらいをしておこう。
 Finaleでは、個々の発想記号にプレイバック効果を設定することができる。現在、一般的な発想記号については、特に何も設定しなくてもHuman Playbackがそれらを自動的に解釈してプレイバックに反映してくれるが、プレイバック効果が設定してあると、Human Playbackはその設定を優先する設計になっている。たとえば、"f"(フォルテ)という発想記号に対して、プレイバック設定でベロシティを"pp"(ピアニッシモ)の値である「36」に設定すると、Human Playbackは楽譜中の"f"を"pp"で演奏するようになる。
 さて、"fp"は一旦強い音を発音した後、即座に音量を下げるという2つのステップを必要とする強弱変化である。しかし、Finaleでは1つの記号に設定可能なプレイバック効果は1つのステップに限られ、"fp"という複合的な音量変化を表現することは不可能であるため、Human Playbackが搭載される以前よりプレイバック効果には何も設定されていなかった。現在は"fp"のプレイバック効果はHuman Playbackが自動的に行ってくれるので、"fp"に本来と異なるプレイバック効果を持たせる意図でもない限り、プレイバック効果の設定をする必要はない。

 ここまで書くと既にお気付きの方も多いかと思うが、日本語版デフォルトファイルの発想記号の"fp"には、プレイバック効果として"f"と同じベロシティ値「88」が設定されていたのである。


Expression1.jpg

日本語版デフォルトファイルの"fp"のプレイバック効果の設定


 いろいろ調べてみたところ、日本語版デフォルトファイルでは"fp"のみならず、"fz"や"sfz"にも同様にベロシティ値「88」が設定されているようだ。そもそも、"fp"や"sfz"は">"(アクセント)等と同様、その音にのみ有効な一時的な音量変化を示す記号であり、Finaleのプレイバックの振る舞いに照らせば、本来アーティキュレーションとして定義されるべき記号である。これを発想記号で定義した場合、ベロシティ値が設定されていると"p"や"f"のような恒常的な音量変化として扱われてしまう。たとえば、"p"のダイナミクスの時に"sfz"記号を付けると、それ以降はすべて"f"で演奏されるし、"ff"の時に"sfz"記号を付けると、それ以降は"f"のダイナミクスに落ちてしまうといった具合だ。相談室での質問の「"fp"のプレイバックが機能しなくなっている」というのは、"fp"がただの"f"として振る舞っていたせいなのだ。
 結局のところ、"fp"や"sfz"をプレイバックに正しく反映させたければ、ここの「タイプ:」を「なし」にしてしまえばよい。「なし」を選択した場合、「効果:」以下の設定については無視されるので、このままの状態でも問題ない。


 なお、この設定の変更はそのファイルにしか効力がないので、新規ファイルを作成する度にこの変更作業を行いたくなければ、大本のデフォルトファイルの設定を変更しておく必要がある。デフォルトファイルの置かれている場所はOSやFinaleのバージョンによっても異なるので、「プログラム・オプション - フォルダ」の「楽譜書式設定ファイル」、「デフォルト・ファイル」に表示されているパス名で確認していただきたい。
 「デフォルトの新規ファイル」から作成する場合、「Default Files」フォルダにある「Kousaku Font Default」がデフォルトファイルとして参照される。「セットアップ・ウィザードによる新規作成...」から作成する場合、「Document Styles」フォルダにある「出版譜風」の他に、サブフォルダ中の「英語版」フォルダに入っているものとJazzフォントのもの以外は基本的に「Kousaku Font Default」をベースに作られているので、これらの楽譜書式を使う場合も同様の変更を行っておく必要がある。


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赤枠が「Kousaku Font Default」がベースになっている楽譜書式の一例(クリックで原寸表示)


 興味深いことに、バージョンを遡って調べてみると、これらの強弱記号にベロシティが設定されたのは2007以降のデフォルトファイルであり、それ以前のデフォルトファイルではすべて「なし」に設定されていた。相談室での質問の「最近機能しなくなっている」というのは、「以前は機能していた」ということであり、それはHuman Playbackが搭載されたバージョン2004から2006での話であろう。
 ただ、Finaleに付属しているデフォルトファイルについて、英語版のものも含め虱潰しにチェックしてみたところ、"fp"などにプレイバック効果が設定されているのは、後にも先にも2007以降の「Kousaku Font Default」しか見当たらない。2007といえばHuman Playbackの機能が大幅に強化されたバージョンではあるが、"fp"などのプレイバック解釈に変更があったわけでもないのに、なぜそのプレイバック設定を変える必要があったのか、今もって大きな謎である。

※ 13/6/22に「問題点3」を追記

 「レガシー」と聞くと、真っ先に車のブランド名を思い浮かべる方も多いかもしれない(正式なブランド表記は「レガシィ」)。「レガシー」とは「過去の遺産」の意味だが、ことITの世界では「レガシー・デバイス」や「レガシー・システム」といったように、もっぱら「時代遅れなもの」というネガティブな意味合いで使われる言葉である。80年代後半に産声を上げたFinaleには、その当時の設計思想に基づく「レガシー」な部分がまだあちこちに残っている。今回はそんな中の1つである「弱起」についてスポットを当ててみることにする。

 2000年代初頭までのFinaleの弱起は、「バグの巣窟」と言われるほど多くの問題を抱えていた。パート譜に書き出すと弱起小節内の連符がご破算されて音符が消滅するとか、「Allegro」等の発想記号が1拍目より左に移動できず、拍子記号に揃えることができない等々......。当時のユーザーの間では「Finaleの弱起機能は使うな」が共通認識だった。その後、そうしたバグは少しずつ修正されて現在に至っているのだが、弱起そのものの根本的な設計が脆弱なため、今もなおいくつかの問題を残している。


問題点1:曲頭にリピートで戻ると、余計なカウントが入ってしまう
 Finaleの弱起は特殊な構造になっている。「ライブコピー・ツール」を選択すると、弱起小節に見慣れない図形が表示されていることに気付くだろう。これは「空白時間の挿入」が行われている小節を示すアイコンである。では、その「空白時間の挿入」とは何ぞや?


PickupMeasure01.jpg


 「空白時間の挿入」機能とは、例えば4拍子の曲で3拍の不完全小節を作りたい場合、小節の頭に1拍の「空白時間」を挿入し、表記上はその部分を詰めることで見かけ上の不完全小節を表現するというしくみである(詳しくはマニュアルをご覧いただきたい)。初期のFinaleでは、弱起を含む不完全小節は「空白時間の挿入」を用いて表記するのが標準的な方法だった。ただ、読んで字のごとく、プレイバックを行うとまさに「空白時間」、すなわち空カウントが挿入され、記譜通りのプレイバックにはならない。次の譜例のように曲頭に戻るリピートを作成した場合、曲頭に戻った際に余計なカウントが挿入されてしまう。



1回目もカーソルが現れてから空カウントを数えていることが分かる


問題点2:記譜上の誤り
 2011以前のFinaleでは、弱起小節のデフォルトの休符は全休符のままだった。これが原因で、オーケストラのリハーサル現場が混乱した光景を私は幾度も見ている(もちろん、私自身はそんなヘマをしたことはないが)。2011になってやっとデフォルトの休符は正しい音価で表示されるようになったのだが、これまで全休符で表示されていたものをそれぞれの音価の休符に置き換えただけで、位置は依然小節にセンタリングして配置されている。弱起部分が短い場合は気付きにくいが、下の譜例のように弱起部分にスペースを必要とする場合には、その奇妙な配置にすぐに気が付くだろう。これは記譜としては明らかな誤りである。
 この配置を正しくするためには、デフォルトの休符が表示されている部分に改めて休符を入力するという、じつにナンセンスな作業をする必要がある。


RestPosition1.jpg

Finale 2011以前の弱起。デフォルトの休符は全休符のままだった


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Finale 2011以降の弱起。デフォルトの休符の音価は正しくなったが、センタリングしたまま


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実際に休符を入力すれば正しい位置に配置される


 楽典では弱拍とそれに続く強拍の休符をまとめてはならないというルールがある。しかし、Finaleの弱起のデフォルトの休符は1つの休符でしか表現できないため、本来まとめてはならない休符がまとまった状態で表示される。以下の譜例の弱起部分の休符の表記はいずれも楽典的には誤りである。これを正しい表記にするには、やはり実際に休符を入力しなければならない。


RestPosition4.jpg

楽典的に誤った休符表記


 別の問題もある。
 セットアップ・ウィザードから新規作成する場合、セットアップ・ウィザード上では1つの音符で表現可能な音価の弱起しか扱えないため、それ以外の音価、例えば下記の譜例のような弱起を表現できない。

SetupWizard.jpg

セットアップ・ウィザードの弱起の設定(クリックで原寸表示)


PickupMeasure02.jpg

セットアップ・ウィザードの弱起設定ではこのような弱起を設定できない


 なお、Finaleの名誉のために断っておくが、上記のような弱起はあくまでセットアップ・ウィザードでは設定できないのであって、書類メニューの「弱起の設定」を使えば不可能ではない。ここではパレットによる音価の指定の他に、音価を直接数値で指定することもでき、上記の譜例では弱起は8分音符5つ分なので、8分音符の長さである512EDU×5=2560EDUを直接指定すればよいことになる。惜しむらくは、音価を表すEDUという単位はあまり馴染みがなく、もっと直感的な指定ができるようにして欲しいところではあるが。


PickupMeasureDlg.jpg


 ところが、Finaleの弱起小節のデフォルトの休符は1つの休符でしか表現できないという設計上、8分音符5つ分という音価の休符を表現することはできず、代わりに近似値の音価の休符が表示される。この状態のままパート譜を作ってしまうと演奏者の混乱は必至なので要注意だ。結局この場合も正しい休符をユーザーの責任において入力しなければならない。


PickupMeasure03.jpg

8分音符5つ分の休符がなぜか2分休符で表示されている


 弱起小節に相応の休符が自動的に表示されるようになったことは、つねに全休符で表示されていた2011以前よりは一歩前進と言えるかもしれないが、実際に休符を入力しなければ正しい表記にならないという点では2011以前と何ら変わりがない。そもそも弱起小節の休符が1つの休符でしか表せないという設計自体に無理がある。早急な改善を望みたいところである。
 なぜこんな事を口やかましく言うかというと、2011の弱起の改訂以降、デフォルトの休符のまま出版されている楽譜を目にすることが多くなったからである。この原因はFinaleの不完全な仕様にあることは論を俟たないが、少なくとも出版社たるもの、プロとして正しい楽譜表記についての見識を持つべきである。


問題点3:「スラッシュ表記」でのバグ ※ 13/6/22に追記
 10年以上前にCoda社(MakeMusicの当時の社名)に送ったバグや要望をまとめた報告書を改めて読み直していたところ、弱起部分で「スラッシュ表記」を行うと、本来の拍子(4拍子なら4拍分)のスラッシュが表示されてしまうという記述を見つけた。この件について改めてFinale 2012で検証してみたところ、余計なスラッシュこそ表示されなくなっているものの、まだ問題を残していることが分かった。以下にその問題点を示してみる。

 ドラムパートの弱起部分をスラッシュ表記にするために「五線ツール」で小節を選択する。弱起小節全体を選択しているはずだが、すでに選択域がおかしい。


SlashNotation1.jpg


 楽譜スタイルの「スラッシュ表記」を適用したところ。後半に片寄って表示されている。スペーシングをかけ直しても変化なし。


SlashNotation2.jpg


 弱起小節の他のパートに音符を入力すると、スペーシングは正常に戻った(厳密には完全ではないのだが)。


SlashNotation3.jpg


 ......と思いきや、ドラムパートをパート譜表示にしてみると、依然、片寄ったまま。


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 音符(休符)を入力すればスペーシングは直りそうなので、とりあえず休符を入力してみる。


SlashNotation5.jpg


 楽譜スタイルの「スラッシュ表記」を適用すると、今度は不必要にスペーシングが広がり、しかも、休符のゴーストまで現れる。このゴースト、スクロール表示では最上段パートの拍子記号の直後に、ページ表示ではページの下端に現れる。弱起小節に入力した音符/休符がゴーストとして現れるようだが、元の音符/休符を非表示にしてもゴーストは消えない。

SlashNotation6.jpg


そもそも現行の弱起設定は必要か?
 弱起は曲頭で生じるとは限らない。弱起で始まる曲は、曲中の段落部分や繰り返し部分も弱起表記になることが多い。また、テーマが弱起で開始される変奏曲は、基本的に各変奏も弱起で開始される。さらには、最近のFinaleでは、ファイルの統合機能が設けられたり、曲の途中でも楽器名をフルネーム表示できるようになるなど、複数の曲を1ファイルに入れることを想定した設計になってきている。すなわち、弱起は1つのファイル中のあらゆる部分に出現する可能性がある。

 Finaleのマニュアルの「不完全小節」の項目を見ると、曲頭以外の弱起を含む不完全小節は、拍子記号設定の「表示専用に別の拍子記号を使う」方式で作成せよと書かれている。また、プラグインを使って小節の途中に反復記号を挿入した際などに生じる不完全小節にも、こちらの方式が用いられている。そもそも、Finaleの弱起がバグだらけだった頃は、冒頭の弱起についてもこちらの方式で表現することがユーザーの間でも推奨されていたくらいである。

 現在のFinaleで「空白時間の挿入」機能を必要とするシチュエーションはどこにあるだろうか? すべての不完全小節を「表示専用に別の拍子記号を使う」方式で表現できる現在、あえて上記のような問題が生じる「空白時間の挿入」機能を冒頭の弱起のみに利用する必然性はどこにも見当たらない。
 開発側は「古いファイルとの互換性を保つために必要」と主張するかもしれない。それならいっそのこと「空白時間の挿入」機能なんぞ廃止して、その機能で書かれている小節については、「表示専用に別の拍子記号を使う」方式に自動的にコンバートしてしまってもかまわないのではないか? セットアップ・ウィザードや書類メニューにある「弱起の設定」も「表示専用に別の拍子記号を使う」方式で表現すればすむ話である。さらに言えば、「表示専用に別の拍子記号を使う」という設定も決して分かりやすいインターフェイスではないので、書類メニューの「弱起の設定」を曲頭の弱起に限定せず、曲中のあらゆる不完全小節に利用できるようにしてもよいのではないか。

 そろそろ、こういったレガシーな機能をキッパリと切り捨てる勇気も必要ではないかと思う。

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