2014年8月アーカイブ

多難なFinale 2014日本語版の船出
 去年(2013年)の11月、本家アメリカで2年ぶりのバージョンアップ版2014がリリースされ、その日本語版は3ヶ月後の今年(2014年)2月にリリースされた。これまでは日本語版が発売されるまでには、ローカライズ作業のために半年近いタイムラグが発生していたことを考えると、輸入代理店のMI7も今回はよく健闘したと言えよう。
 ところが、その日本語版2014がリリースされるやいなや、ネット上のあちこちから早速購入したユーザーからの悲鳴が上がり始める。「旧バージョンのファイルが開かない」といったものから、「保存したはずファイルが消滅した!」という悲痛な叫びまで......。実際、明日レコーディングというスコアが消滅してしまい、レコーディングに穴を空けてしまったという話や、ほぼ書き終えていた卒業作品をリリースされたばかりの2014を使って仕上げていたところ、ファイルが突然開けなくなり、作品提出期限に間に合わず留年を余儀なくされたという音大作曲科学生の悲劇もあった。
 ユーザーがこうした不利益を被った場合、ソフトメーカーに責任を問いたくなるのはやまやまだが、大抵のソフトにはインストール時に表示される約款に「ソフトのバグによるユーザーの損害についてメーカーは一切の責を負わない」旨が明記されていて、Finaleも例外ではない。それに同意してインストールを行っている以上、法的にはメーカーに責任は問えないことになっているのだ。一見理不尽に思えるが、なぜそういうことになっているかについては、「ソフトウェア、製造物責任法(PL法)」などをキーワードに検索していただきたい。
 とはいえ、「ファイルが開かない」、「保存したファイルが消滅する」などというバグは、ソフトウェアとしては商品価値を失うレベルの致命的な欠陥であり、これが一般製品ならリコール対象になっても不思議はない。いくらバグについてはメーカーに法的に責任がないとはいえ、このような欠陥ソフトを販売することには道義的な責任が生じるだろうし、結果的にメーカー自身が評判を落とすことになる。

 MI7も4月になってようやくこの問題に対する暫定的な対応策を自身のサイトのFAQで発表するに至ったが、根本的な解決には、プログラムを開発している本家MakeMusic社(以下MM)からのアップデートを待つよりなかった。2014は他にも多くの重大なバグを抱えていたようで、そうこうしているうちに、MMからは2014b(英語版)のアップデータのアナウンスがあり、それは6月3日にリリースされた。
 2014bには前バージョンのアップデート版2012cのような目新しい新機能はなく、アップデート内容はバグフィックスがほとんどだったが、その2014bに対しても早速ユーザーから問題点が次々に指摘され、約1ヶ月後の7月7日、矢継ぎ早に2014cのアップデータをリリースした。一方、国内代理店のMI7は、当初日本語版のアップデータについては2014bを7月中にリリースするとアナウンスしていたが、それに先んじて本家で2014cが出たため、結局2014bを飛ばした2014cのアップデータという形で7月末ギリギリでのリリースとなった。
 結果論だが、ここまで重篤な問題があったことを考えれば、日本語版2014はもう少しじっくりと動作の検証をした上で、問題をクリアできた時点でリリースすべきだったかも知れない。リリースを急いだことがかえって仇となってしまった格好だ。

 さて、「保存したファイルが消滅する」というトラブルは本家のフォーラムでも報告されており、日本語版固有の問題というわけではなかったのだが、「ファイルが開かない」というトラブルは、文字発想記号に日本語フォントを使っている場合に発生することが判明しており、こちらは日本語版固有のトラブルである。Finaleが日本語のフォント名を正しく認識できないことが原因で、この問題そのものは以前のバージョンから存在していた。
ExpressionDesigner.jpg

Finale 2012の文字発想記号編集画面
フォント名にフォントサイズのメタ情報が紛れ込んでしまい、正しいフォントで表示されていない


 この日本語フォントの誤認識によってファイルが開かなくなるトラブルについては、当初MMから「あまりにプログラムの根幹部分にかかわる問題なので、2014のアップデートでは対応できない」旨の回答があったようだが(MI7の当該FAQの下部参照)、MI7は5月に主宰したFinaleユーザーの集いの場にMM社の営業担当者を招き、ユーザーの面前でこの問題の2014のアップデートでの解決を確約させたという。営業担当者としては大勢のユーザーの面前で自社製品のネガティブな発言はしにくいわけで、この演出がMI7とMMとの馴れ合いによるものかどうかは第三者の私には知るよしもないが、MI7もなかなか知謀を巡らせたものである。


未解決の日本語版の問題点
 というわけで、日本語フォントの誤認識の問題については晴れて2014cで解決が図られたわけだが、今回のアップデートで日本語処理に関する問題が一挙に解決されたわけではない。少なくともMac版2014cでは、今なお以下のような問題を抱えている(Windows版については検証できないので、以下の問題点は発生しないかも知れないし、全く別の問題が発生している可能性もある)。

①セットアップ・ウィザード1ページ目において、日本語表記が含まれる楽器編成を削除すると大抵クラッシュする(英数文字のみの編成名だと問題ない)。クラッシュしないケースでも、その際に出るアラートの楽器編成名が文字化けする。
SetupWizard.jpg
②「五線ツール」、「ステップ入力ツール」、「高速ステップ入力ツール」を選択した状態では、ことえりやATOKなどのインプットメソッドが機能しない。すなわち、この3つのツールを選択している間は、「ファイル情報」でのタイトルなどの入力、文字列の検索、各種ファイルの保存などの際に日本語が一切タイプできない。いずれも他のツールを選択しなおせば解決するが、「五線ツール」を選択しないと操作できない「楽譜スタイル名」や「グループ名」の入力には対応できない。
 いずれのケースもコピー&ぺーストによる日本語入力は可能なので、これらに日本語を使いたい場合は、あらかじめ別の場所(外部テキストエディタでも可)でタイプしたものをコピー&ぺーストすることで対応するしかない。これはFinale 2014cで新たに発生した問題。

③発想記号のカテゴリ用表示セットのセット名に日本語をタイプしても、最初の2〜3文字しか表示されず、それ以上の文字をタイプするとクラッシュする。
ScoreLists.jpg
④発想記号の「五線別に割り付け」、反復記号の「五線別表示リスト」に日本語の名称を付けると文字化けしてしまう。2011以前にここに日本語名を付けたファイルを開いた場合も文字化けを起こすので要注意だ。
AssignToStaves.jpgStaffList.jpg
⑤Mac版では、オーディオファイルの書き出し時に、ファイル名や保存場所のパス名に日本語が含まれているとファイルが生成されない。この問題についてはMI7のFAQにも書かれている。

 ①、③、④は2012から発生しだしたバグであり、このバージョンからは、おそらく日本語にローカライズすると文字化けを起こしてしまうためか、英語のまま表示されるダイアログやアラートが散見されるようになった。2012といえばユニコードに対応したバージョンだが、それに伴うプログラムの変更が行われた結果、これらの新たな問題が発生したと考えられる。
ScoreMarger.jpg

一部が英語のままのダイアログ


 じつは、2012からは「組段の間隔調整」というプラグインがバンドルされているのだが、Mac版についてはこの文字化けの問題が未解決らしく、それから2年以上も経った2014cにおいてもなおバンドルされていない。一応Mac版についてもマニュアルは準備されているが、ダイアログは英語のままであり、マニュアルのプラグイン・メニュー項目からも外されている状態だ。


なぜ日本語に関するトラブルはなくならないのか?
 Finaleの日本語に関するトラブルは昨日今日に始まったことではない。なぜ、日本語に関するトラブルは根絶できないのか?

 Finaleほどの多機能なソフトになると、機能ごとにプログラマーが開発を分担するのが一般的である。そうした場合、各プログラマーが勝手にプログラムを作ると全体の整合性がとれなくなるので、ソフト開発全体を俯瞰し統括するマネージメントが必要となってくる。しかし、Finaleを操作していると、そのマネージメントが適切に行われているのか疑問視される箇所がいくつも散見される。
 その一例がマクロの登録方法だ。発想記号では、2009の改訂時に記号の選択画面を表示させたまま続けて別のマクロキーを登録できるように改良された。ならば、アーティキュレーションなど他のツールでのマクロの登録も同様に改良されているかと思いきや、こちらは新たなマクロキーを登録するたびに一旦ダイアログを閉じて楽譜に戻らなければならないという従来のインターフェイスのままだ。同じような編集に対し、ツールによって異なる操作を求められるこのようなインターフェイスはユーザーを混乱させ、習熟を妨げるだけである。
 同様のことが日本語処理についても言える。上記で指摘した③と④は、ユーザーが登録した名称がリストに現れるというものだが、「カテゴリ用表示セット」では入力欄、リスト表示とも日本語で表示されるものの、入力時にクラッシュを引き起こし、「五線別に割り付け」ではクラッシュこそ起きないものの、入力した日本語は入力欄、リスト表示とも文字化けを起こす。「五線別表示リスト」では入力欄の文字化けは起こらないが、リスト表示は文字化けを起こすといったように挙動が三者三様である。ちなみに、同様の処理を行う発想記号の「カテゴリ名」や「付箋の編集」では日本語は問題なく表示されている。
EditBookmarks.jpg

発想記号の「カテゴリ名」や「付箋の編集」では文字化けは発生しない


 こういった一貫性のなさは、各プログラマーが自分の担当部分のみに恣意的なプログラミングを行っている証左である。このような問題は、「共通した処理は共通したプログラムを組む」という基本を徹底させておけば防げることであり、これが見通しのよいプログラムを作る鉄則なのだが、それをおろそかにすると、ひとたび問題が起こった場合に、その原因の究明が困難になり、その場しのぎの対応をした結果、さらなる問題が発生するという悪循環に陥ることになる。
 ご存じとは思うが、Finaleの日本語版のローカライズは日本語版の登場以来ずっと国内代理店が行っており、本家MMは直接ローカライズにはタッチしていない。したがって、本家MMは日本語環境下での動作チェックを積極的に行っているわけではなく、日本語版固有のトラブルが起こる度に、国内代理店からの報告を受けてプログラムの修正に応じているに過ぎない。MMはこれまでさんざん日本語に関するトラブルの報告を受けてきたはずだが、今もなおそのトラブルが一向に根絶できないことを鑑みるに、MMは日本語処理に関するトラブルについてはその場しのぎの対応しかせず、そこにプログラムの根本的な見直しを行おうという姿勢は全く感じられない。上記MI7のFAQにある、発想記号に日本語を使った際のトラブルに対する当初のMMの回答がまさにそれを物語っている。

 日本語に関するトラブルが根絶できないもうひとつの理由は、日本語版ユーザーが圧倒的なマイノリティであるということにもありそうだ。
 公式な数値が出ているわけではないが、以前、輸入代理店の人から聞いた話では、Finaleの世界全体のシェアに対する日本語版ユーザーの割合は1割にも満たないという。私は2割くらいはいるのではと思っていたので、この数字は正直意外だった。
 Finaleは各国語にローカライズされているが、漢字を含む2バイト圏の日本語版以外はすべて英数文字からなる1バイト圏のヨーロッパ言語版だ。例えば、もし我々日本人が作ったソフトに対して、文字を右から左に向かって書くアラビア語圏のユーザーから「文字がちゃんと打てない」というクレームが届いたら、「そんな環境のことなんか知らないよ」となるだろう。MMの開発者からすれば、日本語に関するクレームに対する感覚はこれに似たものではないだろうか。
 今回の2014cのアップデートでの改善項目は、Windows版が約60項目、Mac版については約100項目に及んでいる。その項目の多さには驚かされるが、その筋の人の話によれば、Finaleクラスの規模のソフトでは、つねにその10倍近い未解決のバグや潜在的なバグを抱えているという。次バージョンの開発や膨大な数のバグ修正に追われる中で、1割にも満たないマイノリティユーザーのためだけに、根本的なプログラム修正を行っている余裕などないというのが正直なところかも知れない。


 先日、MM社がスポーツトレーニングのサポートソフトを開発しているPeaksware社の傘下に入ったという発表があった。なんでも、MM社のもうひとつの主力製品である伴奏アシスタントソフト、SmartMusicとの連形を模索するという。このことが今後のFinaleの開発にどう影響するのかは未知数だが、我々としては、より良い開発環境の構築に結びついてくれることをただただ願うばかりである。

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