2011年5月アーカイブ

 Finaleは産声を上げて既に20年を越える老舗ソフトであり、非常に充実した機能を持っているのだが、このソフトの根幹とも言える楽譜作成部分には「未だにこんなこともできないの?」というようなものも残っている。今回はそんな中から調号に焦点を当ててみることにする。


モードチェンジを伴う転調時の妙な転調表記
 平行調関係にある調の調号は同じである。例えば、ニ長調とその平行調であるロ短調の調号はどちらもシャープ2つで付く位置も同じである。これは楽典のイロハとも言える部分だが、Finaleの場合、この見た目は全く同じ2つの調号は全く異なるものとして扱っている。その理由は、キーボード入力やMIDIデータからの変換の際に、臨時記号の付き方をそれぞれのモード(旋法)に応じて処理を行ったり、コードネームを度数表示にしてみると容易に理解できるはずだ。


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平行調関係にあるハ長調とイ短調、一見同じコード表記だが......


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度数表示にしてみると表記が異なることが分かる


 しかし、この仕様が思わぬところに影響を及ぼしているのである。

 一般的な転調表記では、調号の全く同じ平行調に転調する際に改めて調号を書くことはない。ところが、Finaleのファイル別オプションの「調号」の項を見ると、「平行調への転調時にも調号を表示」という項目がある。この項目は初期のバージョンから存在し、こういう設定があるということは、広い世界のどこかにそういう記譜を行う流儀があるという証左なのだろうが、私は未だにこの記譜にお目にかかったことはない。興味深いのは、以前の日本語版のデフォルト・ファイルではオフになっていたこの設定が、 Finale 2007以降はなぜかオンになっていることだ。なぜ設定を変更したのか日本語版の担当者にその理由を問うてみたいものである。
 加えて、その直下の「無効になる変化記号をナチュラルで表示」にチェックが付いていると、平行調に転調する際、一旦調号を消して再び同じものを付け直すというじつに滑稽な表記になってしまう。


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 この不可思議な転調表記をさせたくなければ「平行調への転調時にも調号を表示」をオフにすればよいわけだが、これで万事解決というわけではない。
 一般的な転調表記では、シャープ系またはフラット系の同系同士の転調の場合、調号の変化記号が少なくなる場合は不要になる変化記号のみをナチュラルで打ち消せばよく、逆に変化記号が増える場合は新たな調号を付けるだけでよい(下図)。Finaleも長調−短調間のモードチェンジを伴わない転調の場合は一般的な転調表記になる。


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同じモード同士の場合は正しく表記される


 ところが、モードチェンジを伴う転調の場合、Finaleではやはり一旦すべての調号をナチュラルで打ち消した後、改めて新たな調号を付けるという不思議な表記になってしまうのだ(異なる系列への転調の場合は、モードに関係なくすべての調号を一旦打ち消す必要があるので、この問題は発生しない)。


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モードチェンジを伴う転調のFinaleの表記


 かといって「無効になる変化記号をナチュラルで表示」をオフにすれば、今度は打ち消しに必要なナチュラルまでもが非表示になってしまう。つまり、モードチェンジを伴う転調において、Finaleでは調号に関するいかなるオプションの組み合わせをもってしても、標準的な転調表記を行う術はないのである。
 この問題を解決するには、ひとつのファイル内では同系同士の転調の際にはモードチェンジを行わないより他に策はない。すなわち、長調で開始した曲は、途中の短調部分もその平行長調(短調で開始した曲ではその逆)で書き通すしかないのである。

 では、このことを知らずに入力してしまった場合はどうすればよいか? これから編集を行う他人の作った楽譜がその状態になっているというケースもあるだろう。
 調号ツールでモードを統一したい調の部分全体を選択し、「調号」ダイアログにてモードを切り替えた後、「移調の設定」の「既存の音符はその音程を維持>元の変化記号を維持」を選択した状態で移調を行えばよさそうだが、これは同じモード同士の移調の時にのみ有効のようで、モードチェンジを行った場合は、なぜか現在選択されている「異名同音の表記」に従った表記に強制的に変えられてしまう。これって「看板に偽りあり」ではないのか?
 じつは、Finale 2006までは、その下のオプションの「五線上の音符の位置を動かさずに変化記号を適用」を選択した状態でモードチェンジを行えば、臨時記号の表記も移調前の状態が保たれていた。ところが、2007以降では手動で異名同音変換を行った臨時記号については、その音のみが移調されるというバグが発生し(下記譜例参照)、臨時記号の表記を保持したままモードチェンジを行う術が全くなくなってしまったのだ。まさに踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂である。


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2006まではこの方法で問題なくモードチェンジができていたのだが......


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それぞれの方法でモードチェンジを行った結果
×印は表記が変わってしまった音


 Finale 2007といえばリンク・パート機能が追加されたバージョンである。このとき、スコア譜とリンク・パート譜とで異名同音表記を行えるように臨時記号の属性の仕様が変更されたらしい。その影響か「和音の分散」機能では、手動で異名同音変換を行った和音構成音が意図しない音に分散されるというバグが発生した。こちらのバグは後のバージョンで修正されたが、上記の移調時のバグの方は開発元も気付いていないのか、未だに放置されたままである。
 もっとも、移調範囲に手動で異名同音変換を行った臨時記号が無ければ、上記の移調方法は2007以降でもなお有効である。しかし、現実問題として異名同音変換が一切行われていないケースというのは非常に限られている。結局のところ、既に入力の完了している楽譜に対して後からモードチェンジを行う場合は、臨時記号の表記が勝手に変更されてしまうというリスクをつねに意識しておかなければならない。このバグについては早急に修正してもらいたい......というより、この臨時記号のバグはバグとして、そもそも上記の調号のナチュラル表記の問題さえ解決してくれさえすれば、こんなことに頭を悩ます必要はないのであり、まずはそちらを優先して対応してもらいたいものだ。


転調とリピート開始が同時に行われる部分の不思議な転調表記
 一般的に転調は新しい楽節の開始部分で行われることが多いので、反復記号の開始と重なることも多い。レイアウト的な見地からすると、こういう大きな段落部分は段末に配置するのが理想であるが、レイアウトの都合上、段の途中にせざるを得ないこともある。このとき、反復開始記号は小節線を兼ね、調号は反復開始記号の後に置かれるのが標準的な表記法だ。しかし、なぜかFinaleでは「小節線→調号→反復開始記号」の順になってしまう。しかも、Finaleはこれだけカスタマイズ性のあるソフトにもかかわらず、この表記がスタンダードなのだと言わんばかりに、この配置順に関するオプションなどは何も用意されていない。この問題は拍子変更とリピート開始が重なるケースでも同様に発生する。


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左:標準的な表記/右:Finaleの表記


 Finaleでこれを標準的な表記に改めるには、間にダミーの小節を挟んで、ダミー小節の冒頭でリピート開始、ダミー小節の直後で転調を行い、ダミー小節の全休符を非表示にした後、その小節幅を0にすることで実現するしかないのだが、このあたりについてはFinale User's Bibleに詳しく書かれているので、ここでは割愛する(要するに本を買ってくださいと言うこと......笑)。
 それでも、リンク・パートを作成しているとき、パートによっては転調部分が段末に来るものもあり、その場合は上記の方法を使っているとかえっておかしな表記になってしまう(下図参照)。つまり、リンク・パートでは、すべてのパートで転調部分を段の途中にするか段末にするかのどちらかに統一しない限り、両方の表記は同時には成立しないことになる。結局はパート譜を別ファイルに書き出す旧来の方法で個別に編集するしかない。


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強制的に順序を並び替えた場合、その部分が段末に来るとおかしな表記になってしまう


 じつは、この表記については、90年代の頃から幾度となくFinaleの開発元にメールで直談判したことがあるのだが、未だに無視され続けている。これだけ世界のデファクトスタンダードと謳われている楽譜ソフトがこの表記を堂々と続けているという事実を見せつけられると、なんだかこちらの主張の方が少数派なのではないかとさえ思えてくる。
 確かに、まだコンピュータ浄書が一般的になる以前のアメリカの出版楽譜の中にFinaleと同様の表記を見たことがあるので、アメリカではこの表記が主流なのかも知れないが、少なくとも、ヨーロッパの老舗出版社の楽譜にこんな表記を見たことはない(探せばあるのかも知れないが)。かつて訪問をしたことのあるドイツのヘンレ社などは、現在は多くの楽譜をFinaleで製作しているということだが、開発元にクレームを付けたりしないのだろうか?


1番括弧終了時の転調予告
 標準的な楽譜表記では、繰り返しで戻る際に現在の調と戻り先の調が異なる場合、一番括弧終了直前に転調予告を表記するきまりになっている。これは戻り先の拍子が異なる場合も同様である。だが、Finaleにはこの予告を表示させる機能はない。


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戻り先と2番括弧以降の調が同じケース


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戻り先と2番括弧以降の調が異なるケース


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コーダ部でも同様のケースが起こりうる


 上記の譜例からもお分かりの通り、この転調にはいろいろなケースがあり、それぞれ異なる処理を行わなければならないのだが、いずれのケースもダミーの小節を利用して調号とリピートの位置を操作するという基本部分は前項と同じである。具体的な手順は同じくFinale User's Bibleに詳しく書かれているので、そちらをお読みいただきたい。
 この一連の作業は決して楽なものではない。しかも、リンク・パートにおいては、予告の位置によって表記が両立しないことも前項と同様である。
 Finaleには「演奏順序のチェック」というリピートを含む小節の順番を表示する機能が備わっている。それができるくらいなら、リピートの戻り先の調号や拍子を評価して、それを自動的に予告に反映させることは技術的に困難ではないはずだ。こんな面倒な作業からユーザーを解放してもらいたいものである。


 今回はFinaleの調号に関する不満点をまとめてみたわけだが、いずれのケースもこの表記によって演奏にただちに支障を来すようなものではないので(リピート時の調号の予告はあった方が演奏者にとっても親切だが)、演奏現場のみでFinaleを使っているユーザーにはさしたる問題ではないかも知れない。実際、私もレコーディングが差し迫っている状況でこれらの表記の修正に時間を費やしている余裕はないので、Finaleのデフォルト表記のままでレコーディングに臨むことは日常茶飯事である。しかし、出版楽譜製作に携わる者にとってはいずれも由々しき問題である。
 Finaleのこれまでのバージョンアップを見ると、特定のツールに関連する操作があるバージョンから一気にグレードアップされるということが定番になっている。もしかしたら、開発元は水面下でここで述べてきたようなことにも着々と対応を進めていて、あるバージョンで一挙に解決される可能性もある。それを大いに期待したいものである。

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