ここ数年は梅雨の頃に発表されていたFinaleの次期バージョンだが、2012についてはなかなかリリースされなかった。リリースが遅れることについては開発元から早くからアナウンスされていたが、その理由については具体的には触れられておらず、ユーザーからは「ライバルソフトのSibeliusを凌駕する新機能が実装されたのではないか」、「いや、7月に発表されたMacintoshの新OS"Lion"に対応させているんだろう」、「会社自体がやばいんじゃないか」等々の憶測を呼ぶことになった。はたして秋も中旬に差しかかった頃、バージョン2012はそのヴェールを脱いだわけであるが、じらされたユーザーの期待に応えられるだけの新機能はあったのか? 早速今回も紹介してみよう。
Finaleも遂にダウンロード販売に
Finaleは2012からはダウンロード販売になった(従前のパッケージ販売も平行して行われている)。MakeMusic社のサイトからダウンロード後、1ヶ月間は機能制限なしの製品版として試用できる。製品購入後シリアル番号を入手して認証を経ないと、1ヶ月を過ぎると印刷や保存ができなくなるといった仕組みのようだ。ただし、付属のGarritan音源だけは認証を経ないとダウンロードできないようになっている。もちろん、すでにFinaleを持っている人は2012で新たに追加された音色が使えないだけで、旧来のGarritan音源はそのまま利用可能である。
このダウンロード販売方式への移行は、Appleの提唱するAppStore経由でのアプリケーションソフトの販売方式を見据えたものと思われる。
なお、日本語版がどういう販売形態を取るかは現時点では不明である。
スコアの属性とプレイバック音源を一元管理できるScore Manager
Finale 2012では、スコアの管理を「ファイル情報」と「楽器リスト」と「五線の属性」ダイアログの一部が統合されたScore Managerというフローティングウィンドウで一元的に行うようになった。
機能は従来と変わりない
Instrument List(楽器リスト)のページでは、上側に従来の楽器リストが、下側にこれまで「五線の属性」ダイアログで行っていた楽器名や移調等の設定が配置されている。これに伴い、「五線の属性」ダイアログからはこれらの機能が消滅している。
楽譜を新規に作成する場合は、従来通りセットアップ・ウィザードを利用すればよいのだが、Score Managerはセットアップ・ウィザードの機能も備えており、ここで楽器の追加や削除、並び替えを行うことができる。五線の追加は"Add Instrument"から選択、削除はリストの右端の×印をクリック、並び替えはリストの左端のリストアイコンまたは楽器名を掴んでドラッグとインターフェイス的にも分かりやすくなっている。これらの編集は即座に楽譜に反映されるので、実際に楽譜を見ながら作業が可能だ。ここでは楽器ごとにプレイバック音源のデバイスを設定することもできる。
ユニークな新機能として、同じパートの奏者の序列表記を5つのフォーマットから選択できるようになっている(上図"Auto-Number Style"ポップアップメニュー参照)。ただし、セットアップ・ウィザードから新規作成した場合は、従来通り無条件で一番上の"Instrument 1, 2, 3"のフォーマットになるので(Violinについては"Instrument I, II, III"のフォーマットになる)、他のフォーマットに変更したい場合は、Score Manager上で1パートずつ手作業で変更しなければならないのが難点だ。せめて全体を一括して変更する手段を用意するか、もしくは、セットアップ・ウィザードの方にもフォーマットの選択を用意してもらいたかった。次のバージョンかアップデートでの改善に期待したい。
パート中の楽器変更がより簡単に
例えば、オーボエパートが曲の途中でイングリッシュホルンに持ち替える場合、これまではイングリッシュホルンの移調設定や楽器名の設定を仕込んだ楽譜スタイルを作成して、それを持ち替え部分に適用させる必要があった。さらに、プレイバックに対応させるには、音色パッチないしはMIDIチャンネルを変更する「仕込み」を発想記号で作成し、持ち替え部分に貼り付ける必要があった。2012からはこのような楽器の持ち替えについても、プレイバックの設定ともども簡単に管理できるようになっている。
操作はいたって簡単である。例えば、オーボエパートの22小節から29小節をイングリッシュホルンに持ち替えたい場合、その楽譜範囲を選択し、ユーティリティメニューに新設された"Change Instrument..."を選択すると現れるダイアログにて変更したい楽器を選択するだけである。OKをクリックした瞬間、楽器名や移調表記も即座に楽譜に反映される。
Score Managerにてオーボエパートの▲印を倒して内容を確認してみると、そこにはイングリッシュホルンが追加され、チャンネルやパッチも適切に選択されていることが分かる。"Start"欄の数値はその楽器変更が開始される小節を示し、変更を修了した次の小節で自動的に元の楽器に戻るように設定されているという按配である。
なお、楽器の変更や移調設定についてはScore Managerで一元的に管理することになったので、「五線の属性」ダイアログの設定を踏襲している楽譜スタイルにおいても移調設定に関する定義はできなくなっている。したがって、楽譜スタイルで移調楽器を設定していた旧バージョンのファイルを開いた場合、その部分は自動的にScore Managerの該当パートに変更楽器として小節の範囲と共に追加されることになる。なお、楽譜スタイルにはプレイバックに関する設定は仕込めないので、追加された楽器のプレイバック属性については元のパートの設定がそのまま踏襲されている。もっとも、変更部分のプレイバックに関する設定は別途発想記号で仕込んであるだろうから、Score Managerでは特に何もしなくてもそのまま以前のプレイバックは再現できるはずである。
この仕様変更に伴い、旧ファイルを開くと、移調設定が含まれていた楽譜スタイルは強制的に削除されるようだ。
このファイルを2012で開いてみたところ(右)。赤枠の楽譜スタイルは読み込まれていないことがわかる。
なぜ"Maestro Default"かというと、英語版で日本仕様のファイルを開くと、リストが文字化けするため。
Unicodeへの対応
Unicodeはあらゆる言語の文字や記号を一元的に管理できる文字コードシステムだが、遂にFinaleもこれに対応した。これでキリル文字やハングル、中国簡体字等の文字入力、日本語においても「はしご高」や「土吉(つちよし)」等の異字体表現が可能になった。これに伴い、2011で発生していた日本語歌詞のクリックによる割り付けで、歌詞ウィンドウでハイライトされている文字と実際に割り付けられる文字が対応しないバグは解消された。
「キャラクタの選択」画面で選択可能なキャラクタも、これまでの256キャラクタから、それぞれのフォントが持っているキャラクタの数に応じて拡張される。このキャラクタ選択方法は符頭等の変更にも有効なので、実用的かどうかは別として、楽譜中のエレメントとして使用できるキャラクタの選択肢は大幅に増えることになる。
JISの配列とは異なっている
なお、「キャラクタの選択」画面では、日本語フォントについては、Mac版の場合、CIDフォントでは上記の通り仮名や漢字もリストに表示できるが、システムフォントのヒラギノをはじめとするOpenTypeフォントでは仮名や漢字部分はなぜかリストに現れない(下図)。このあたりがどういう仕組みになっているのかもう少し検証してみたいところだ。
ここに表示される数字はそのフォントが持っているキャラクタの言わば「通し番号」であって、
同じキャラクタであってもフォントによって番号が異なることに注意。
上記のリュウミンライト(モリサワフォント)では、ひらがなの「あ」は635番になっているが、
他のフォントの635番が「あ」であるとは限らない。
キャラクタの指定はコードポイント("U+xxxx"で表される文字コード)で行う必要がある。
上記のような特殊な文字入力をふだん必要としない人にとっては、FinaleがUnicodeに対応したことの意義はあまり感じられないかも知れない。しかし、上記でも触れた歌詞編集におけるバグが解決されたことからも分かるように、Finaleがあらゆる言語に対応したということは、すなわちこれまで散々悩まされてきたFinaleの日本語環境固有のトラブルからの解放を意味し、これは結果的に日本のユーザーにとっても福音となるはずである。
新しいマクロ機能
「知っておくと便利」的な機能だが、「−(ハイフン)」キーを押しながら操作すると、ツールごとの直近の操作を行ってくれるという繰り返し機能が追加された。
例えば、アーティキュレーションツールである音符にアクセントを付けたとする。すると、次からは「−」キーを押した状態でクリックまたはドラッグするだけで目的の音符にアクセントが付くというものだ。直近の操作はツールごとに記憶されるようで、一旦発想記号などの別のツールで同様の操作をしてそのツールでの操作を記憶させた後、再びアーティキュレーションツールに戻って同様の操作をしてもちゃんとアクセントが再現される。
すでにマクロが仕込まれているものについては、従来通りにそれぞれのマクロキーを使えばすむ話だが、マクロが仕込まれていない記号を付ける場合にはこの機能は重宝するかもしれない。
ちなみに、JIS配列のキーボードでは「−」キーはShiftキー併用で「=」キーに対応するので、機能としては憶えやすい。もっとも、あちらの開発者がJIS配列を念頭に置いてこのキーを割り当てたとは考えにくいので、これは偶然の産物だろうが。
久しぶりに追加されたプラグイン
ここ数年、新たなプラグインのバンドルは途絶えていたのだが、久しぶりに3つの新たなプラグインが追加された。もっとも、そのうちの2つはバリエーションの違いといったもので、実質的には2つということになるが。
まず1つは、ページ内の組段同士の間隔を調節するプラグイン。すでにFinaleにはページ・レイアウトメニューに「組段の均等配置」という似た機能があるが、このプラグインではページの上下に余白を加えたり、間隔の取り方をいくつかのパターンから選択できるようになっている。
ただ、実際に試してみたが、スラーや加線の多い音符等の「五線からの飛び出し」を加味した配置が行われるわけでもなく、従来の「組段の均等配置」の機能との差別化は今ひとつ見い出せなかった。このプラグインの有用性についてはもう少し研究をしてみたい。
ちなみに、いきなりv 2.00となっていることから、すでに何度かの改良を経たものであることがうかがえる。
もう1つは、2011からバンドルされたAlphaNotesフォントによる符頭表記を、楽譜の任意の場所に適用させるというプラグインである。
じつは、2011から用意されている楽譜スタイルの「Apply Finale AlphaNote Notenames※注」でも同様の機能が実現できるのだが、こちらは五線位置に1つの符頭を対応させる「特殊な符頭」機能を利用しているので、幹音にしか対応できず、派生音は無視されていた。
※注 英語版のデフォルトファイルMaestro Defaultの楽譜スタイルには"Apply Finale AlphaNote Notenames"と"Apply Finale AlphaNotes Solfege"の2つが用意されているのだが、なぜか日本語版2011のデフォルトファイルKousaku Defaultでは前者は削除されていて、後者のみ「AlphaNotes ソルフェージュの適用」として残されている。
今回追加されたプラグインでは、「特殊な符頭」機能を使わず「符頭変更ツール」で一音ずつ対応させているので、派生音にも臨時記号付きで対応している点が大きく異なる。
なお、AlphaNotesフォントにはダブルシャープやダブルフラット付きの符頭キャラクタは用意されていないので、これらの音程の符頭は文字の書かれていない通常の符頭キャラクタに変換される。
新たなフォントのバンドル
2012には和声記号や通奏低音の表記用としてFinale Numericsフォントがバンドルされた。このフォントの特長は、文字幅0というギミックを使って同じ位置に複数の文字や記号を積み重ねることで、3段までの度数を通常のテキストとして表記できる点にある。これまでFinaleに付属していた通奏低音ライブラリはコードネーム機能を利用したものだったが、マニュアルによると、このフォントでは歌詞機能を利用するように勧めている。
和声記号の様式は国や和声システムによっても異なり、このフォントであらゆるタイプの和声記号に対応できるわけではない。例えば、日本の和声書で一般的に見られるような、借用和音の借用される度数を上部に小さく載せる書法には対応できない。このような表記を行いたければ、和声記号を合成するか、もしくはストーンシステムから販売されている「和声記号フォントパック」を利用するしかない。
また、譜例をご覧いただけるとお分かりの通り、Finale NumericsフォントはTimeフォントをベースに作られているため、外観をそれ以外のフォントに変更することはできない。
もうひとつ、手書き風のFinale Copyist Textフォントがバンドルされた。このフォントは2010からバンドルされた記譜用フォントBroadway Copyistフォントに対応したものである。Jazz Textフォントほどポップではなく、フェルトペンで楷書された趣の書体である。なお、このフォントはJazz Textフォントと同様、スモールキャピタルフォントなので、コードネームとして使う場合、"Am"等の表記はできないことに留意する必要がある。
その他の新機能
・グラフィックの書き出しにPDFが加わった。
・Garritanサウンドに数種類の楽器が追加された。
・他人にデータを渡した際にもプレイバック音源が再現されるようにサウンドマップを用意した。
・追加したMIDIデバイスを即座に検出するようになった。
・MusicXML 3.0に対応した。
以上、駆け足で2012の新機能について紹介したわけだが、確かに、Score Managerによる楽器管理をはじめ、細かな部分の利便性の向上に力を注いだことはそれなりに評価できる。しかし、このソフトの根幹とも言える楽譜作成の部分についてはほとんど進展が見られなかったことは残念の一言に尽きる。このブログでは、例年なら新バージョンのレビューには2回分を費やしていたのだが、今年に限っては1回で済んでいる点からも今回のバージョンアップ内容の乏しさをうかがい知ることができよう。例えば、楽譜エレメントの衝突回避策を講じたレイアウト整形などは、ライバルソフトに大きく水をあけられている感があり、その他にも楽譜作成ソフトとしてまだまだ改善すべき課題は多く残されているはずである。このあたりについては、本家のフォーラムにおいてもリリース直後からユーザーから失望の意見が多く寄せられていた。しばらくすれば日本語版もリリースされるだろうが、日本のユーザーの目には今回のバージョンアップはどう映るのだろうか。
先日、Finaleの開発元であるMakeMusic社が、MusicXMLを開発しているRecordare社を買収するという発表があった。MusicXMLは現時点における楽譜表記のデファクトスタンダードであり、その技術を手中に収めることでMakeMusic社はこの業界の主導権を握ろうとしているのだろう。その意気や良しではあるが、それならそういうメーカーに相応しい楽譜作成ソフトを今後とも提供してもらいたいものである。