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Finale よろず相談室
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ここで、Gould氏が提示した譜例と提案に、いくつか「ん?」と思う点がありましたので、皆さんにも意見をいただければ嬉しく思います。1つは、トリルとトレモロの違い。譜例を見ていただくとわかりますが、この2つのタイプは「パッと聞けば、もしかしたら似ているかもしれないが、全く異なるもの」(でなければ、そもそも2つの違う書き方は存在し得ない、というのが僕の主観です)であるはずですが、彼女によれば「同じものであるから、書き方を統一すべき」とのこと。ここでとある女史が、そんなわけがない!と意見していましたが、私も同意見ですし、そもそもこれは作曲家が「どのような音が欲しいか」と自分自身と対話すべき部分であり、浄書家の関わる部分ではないように思います。(2オクターヴを16で記している、とかならば別ですが…。)
もう1つは、打楽器の記譜について。非常に難しい話題ですし、僕ももちろん「こうだ!」という解決法は持っていません。特に打楽器の記譜、ならびにパート譜作成は作品、スタイルによって大きく左右されると思うからです。実際に使われた譜例はここでは提示できないので、似たケースを使って紹介します。Gould氏によれば、多くの楽器が交互に、かつ一人の奏者によって(多くのケースだけれど)演奏される場合、複数段でなく、一段に纏める方がよりよいとのこと。纏めた譜例を提示されたとき、ドッと笑いがおきましたが、どうなんでしょう、「こうあるべき」と言い切るには、あまりにも雑なように思いました。
dahhisa様、室長様。その1に関して、私もまったく同意見です。この2種の記譜が同じなどと言語道断です。G女史はどちらに統一すべきと仰ったのでしょうか。演奏者は、ある意味漢字を読むことと同じで、視覚から瞬間的にニュアンスを感じわけるものです。弦楽器奏者なら、aは左手指の定性トリル、bは右手弓の定量トレモロと感じるはずです。短3度なので実際はbも指で行なわれるでしょうし(弓のトレモロでできなくはないですが)、早いテンポならもちろん32分は不定量ですが。これがブラームスの緩徐楽章だったら、あるいはもっと広い音程であったら、それでも統一すべきとなるのでしょうか。弦楽器奏者以外も、この2例の感じわけ方は変らないと思います。実際、例えばピアノで眼の前にこの譜面を置いてみれば奏き分けると思うのですが。aでは最初のFをマルカートに発音してトリルの中はそれぞれのあまり音を立てず、均等な分割では奏かない、bではそれぞれのF Asを音量、速度ともにややイーブンに丁寧に発音する、など、私の意見は間違っていますでしょうか。
私も、Behind Barsから垣間見える彼女の浄書(記譜)観には懐疑的です。確かに五線譜は、今日では記譜法の世界標準となりましたが、あくまで「西ヨーロッパの伝統音楽の記述法」であることを軽視しすぎているきらいがあります。新しくルールを決めて統一された記譜法がいかに合理的だったとしても、クラシック音楽が世界中で受容され、芸術音楽の筆頭格として演奏され続けている以上、古くからあるものをそのまま再現するという需要は普遍的に存在するはずです。原典版ブームにより、そういった需要がこの数十年で格段に増えたことを考えると、彼女の考え方はそれに逆行していると言えます。トリルとトレモロの例で言えば、彼女の言説は100%間違いだと断言します。トリルはあくまでも「主要音と副次音の反復」であり、その2音には力の差や役割の違いがあるという伝統的な文脈や、反復スピードが厳密に定められておらず奏者に委ねられていることなどを無視しているからです。「ダブルシャープはすべて異名同音のナチュラルに置き換えよ」と言われているような乱暴さを感じます。
Tongzhi様、早速のご意見本当にありがとうございます。室長殿は今多忙でらっしゃるため、あまり盛り上がり過ぎぬよう簡潔に(でも言いたいことは沢山ある…)書くよう努めます。一応Behind Bars(独語ではHals über Kopf、すなわちStem on (note)headという言葉遊び)を読み返して見ましたが、どうも彼女にとっては「結果同じものなので、混在させず、作品中どちらかに統一すべき」ということのようです。緩徐楽章、あるいは音程の広い箇所についてはトレモロで書くしかないと思うのですが、恐らく彼女の言いたいことは「音程の狭いトリルおよびトレモロ」についてなのでしょう。今、ふと思い出しましたが、打楽器のトレモロ(これをドイツ語でTremolo(Tremoli)というと「違う!Wirbelだ!(直訳すると渦)」と直されることもある)をトリルかトレモロで書くかという違いもありましたね。このGould氏の提案については、僕は困惑していて、そのままここに私の主観を載せる形になってしまいました。打楽器の記譜の違いと合わせて、室長殿を待つ間もう一度資料を漁ってみますね。
打楽器の例は、人間の視野が水平方向に長いことなどを考えると、譜面をむやみに垂直方向に広げるべきではない、という理屈は十分理解できます。しかし、譜例3小節目のBongoのように、その楽器が単発で出てきた場合に、ひと目見てどの太鼓を叩くかが瞬時に判断できない可能性のある表記は問題だと思います。また、楽器の変わり目すべてに楽器名ラベルをつけなければならないという制約も、楽譜浄書的な観点から言えば非常にやっかいなものですし、2つの楽器以上の楽器を32分音符で代わる代わる弾く場合など、すべてにラベルをつけるのが現実的でないケースもあるでしょう。女史の譜例の書き方は、低いBongoの音が一番上のTomよりも低いような印象を与えるので、私なら絶対にやりません。どうしても1段に入れなければいけなかったとしても、楽器ごとに譜面上の音域を棲み分けるなどして、他の楽器と位置が交わったり、音高が瞬時に特定できなかったりすることがないように努めます。ちょっと違うケースですが、この手のスタンスを間違った方向に突き詰めるとこういう話にもなりますしね。https://twitter.com/NOMO_Tones/status/1013036156034826240
つのふえさん、お待ちしておりました。笑。私がTongzhiさんに返信した後、投稿数が増えていたので、おっ、と思ったところでした。あまり批判的なことを公の場で発言することが美しくないことは十分承知していますが、実は私も、彼女の著書には非常に懐疑的です。もちろん、このトリル、トレモロの処理だけでなく、例えば連桁のつなぎ方にもおや?という点がいくつかあります。この手の本で、私個人が非常に難しく、また恐ろしくも思うことは、まず第一に、楽譜浄書ならびに記譜は「例外の宝箱」(彦摩呂さんみたい)であるから、「Good」と「Bad」では片付けられない点があることで、おそらく私が彼女の著書で感じる違和感は、それを、この2つの視点で片付けようというきらいが垣間見えるからかもしれません。願うとすれば、できる限り多くの習慣、例外を取り上げて欲しかったですね。もちろん、そうすると、何冊あっても足りないのでしょうけど…。もう一つは、この讃えられている本も、あくまで「資料の一つ」にすぎないにも関わらず、どうも、これが唯一的になりつつあることでしょうか。
謝罪、言い訳をしなければなりません。この譜例は、著作権上、私の作品から取り上げたものです。ですから、Gould氏の譜例ではなく、彼女の提案をもとに、私が作ったものです。(もちろん、Gould氏が打楽器の記譜の提案をしたときに、真っ先に自身の作品を思い出したのですが。笑。)BongosとTomsについても、彼女のやり方に則り、書き換えたものですが、恐らく、つのふえさんのように五線外に書くか、線を増やすべきでした。「簡略化によって生じる煩雑さ」(目の回るような音部記号、五線のタイプの変化、どこになにが所属しているかわからない楽器名。[というのも、講義で見た譜例の楽器名の配置はもう見てられないものでした…。])を、テーマにしたかった、と解釈していただけると嬉しいです。誤解を招いてしまい、申し訳ありません。
譜例その2ですが。単純な話として上例(複数段)なら、打楽器奏者はまず初見で一通り演奏すると思います。下例は一度眼を通さないとBongo、Tomの区別が…、つのふえさんの仰るとおりです。打楽器奏者それぞれ好みもあるでしょうが、上例にはそれぞれの楽器へ腕が自然に動く距離感も感じられるようです。下例は段取りだけでイメージ作りがしにくいようです。譜めくりを考えて一段に詰め込むのならこの程度の楽器数がぎりぎりだとは思います。(間違いなく…見にくいぞ…ですね)この例に限っては、打楽器奏者は普通ドラムスの標準的な書式には慣れているはずなので、Bongo、Tom、BDの順にセット表記に準じて並べれば、さっと手が出て問題ないはずです。これに限らず、時代、形式によってのスタンダードはあっても正解はないことで、段取りに眼と頭と手を取られずに、奏者にいかに直接音楽を伝えるかということが第一意ですね。"どのような記譜をすべきか"と問い、問われるのではなく、"より沢山の譜面を読み""より沢山の譜面で演奏し"、できるだけ多くの書式の手触りを感じ、覚えることだと思います。
貴作品の一部とは知らず、譜例について失礼申し上げました。拙文にいらぬお時間を取らせます。打楽器のトレモロ(Wirbelでも)は、一般的なトリルとは違っても、記号上そういうものとしてトリルと同じ tr. 記号をつけてしまってもいいのではないのでしょうか。3本ヒゲと混在しなければいいのだと思います。3本ヒゲだと譜面上煩わしく、実際の32分音符との区別もあり tr. 記号でいいような気がします。個人的には tr.に続けて波線を引くのも煩わしくなるので、1音符ごと記号として tr. を付けてタイで結んで済ませています。
Tongzhi様、また貴重なご意見ありがとうございます。貴作品だなんて、やめてください。笑。ちゃんと説明をしなかった私にも責任がありますし、貴、なんて仰々しくて肌に合いません。ただ、言い訳(その2?)をするとすれば、この作品(譜例)についていえば、私は上段の記譜を採用しました。というのも、つのふえさんの仰る通り、人間の目が水平方向に長いことも考慮しましたが、このようなケースではむしろ「数段を一つのまとまり」として捉えることができるよう、かつ、流れるように記譜をすることを心がけることがベターと判断したからです。実は、この考えは、作曲方法、プランにも影響しています。つまり「極力、打楽器を使用する範囲を、あっちこっちでなく、限定する」ということです。恐らく(特に現代音楽の)作曲家からしてみれば「我々の芸術的発想の邪魔だ!」とか「自由でない!」なんて言われそうですが、私の場合、作曲を始めた理由が「これで好きなだけ美しいスラーが引ける」だったので、根本的に考え方が違うのかもしれません。
できるだけ多くの書式の手触りを感じ、覚えることだと思います。と書いてくださいましたが、全くそのとおりで、これは音楽の場面だけでなく、私のパートナー(工業系勤務)と話していても、所謂(特に手工業における)学び、考えるプロセスというものが(ここ数年で始まったわけではないにしろ)、忘れ去られているように強く感じます。打楽器のトレモロについてですが、私は基本的にトレモロ記号で書いています。ただ、バロック、古典(ロマン派もそうだったか?)では、ティンパニなどトレモロはトリルで記されていたように記憶しています。なぜ書法に変化が起きたのか、室長殿は存じているはずですが、私も調べてみようと思います。でないと気になって眠れません。笑。長くならないよう、と思っていたらすでに11コメント目ですね...、でも、これもここの醍醐味なのかも!?
dahhisa様。譜例2はもちろん上段に賛成です。たまたま下段をDrums表記と比べたまでです。"譜面をむやみに垂直方向に広げるべきではない"との件に関しては、鍵盤演奏の基礎があれば垂直方向の距離感を鍵盤との近似で無意識に左右の距離感に置換えて感じることでもあり、自然に手が出て、"むやみに"でなければ別に構わないと思います。一段に押し込めた下例と比べると、格段に空間認識が可能になると思います。
打楽器のトレモロ(Roll、Wirbelが適確ですか)ですが、18世紀の古いPauken奏法本などにそもそもRollを表わす記号がなく、32分音符として書かれていて(省略の意味でのヒゲ書きはあります)、実際の演奏がどうだったかは別として32分刻みとして認識されていたようです。今ほど早いrollをしなかったかできなかったか…音楽的でないと思われたのか…。以後Trommelや儀仗教則本から現代のDrumsまで打楽器譜としては3本ヒゲが標準のようです。合奏上、弦楽器管楽器との接近により、それらのトリルとの近似で簡略的に tr.表記するようになったのではないかと思われます。32分よりインクの量と滲みは少ないですし…。ロマン派まではティンパニなど不定量の tr.と32分の刻みは厳密に書き分けられていますね。
失礼します、これを最後にします。もちろん鍵盤打楽器のrollは3本ヒゲでなければならず、tr.は文字通りのトリルです。その意味ではティンパニの tr.は危険ですが、近代以前2度のrollは考えられませんし。さらに、弦楽器の不定量トレモロ演奏が一般的になって、それらの32分表記との統一感から、またシロフォンなど鍵盤打楽器の使用が一般的になり、トリルとの供用を嫌って再度打楽器パートにも3本ヒゲで不定量rollの表記が戻ったのではないかと推察しております。